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2016年1月15日 (金)

台湾旅行、後半

2016.1.14.(木) 台湾旅行、後半 rain

  「兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕えたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」      ピリピ人への手紙3:13-14

  今から145年前、カナダからの最初のプロテスタント宣教師、M医師が台Mackay_photo湾の淡水に到着しました。彼は、1901年、天に召されるまで、伝道、弟子訓練、学校建設、病院建設などをしました。現在もそれらの働きは残っています。歯科医師であった彼は、生涯で12,000本以上の歯の治療をしました。しかし、彼の一番の重荷は、伝道と弟子訓練と教会建設だと言われています。その志は、今も受け継がれています。M宣教師は、上の使徒パウロの言葉を天に召される瞬間まで、持ち続けたのではないでしょうか。(M宣教師は、当教会とは信仰的立場が少し違います。)

 もう一カップルは、数年前にアメリカから来た若い宣教師です。まFlowers_2だ、30代のFご夫妻と小さな男の子です。彼らは、英会話を使って伝道を始めました。アメリカ人で台湾で教会建設を始めるには、想像を絶する困難がともなうでしょう。当教会も始まった頃は、日曜日の朝10時から英語で教会学校を始めました。人々が定着した頃に、日本112815_flowers_2 語の短い礼拝を追加しました。そうなるまで、数年間かかりました。その後、英語をやめて、すべて日本語でするようになりました。台湾でも、日本でも開拓の教会建設は忍耐と祈りと絶え間ない伝道と弟子訓練が必要です。皆さんにも、是非、続けて台湾のリバイバル(信仰復興)のためお祈りください。


  今回、台湾旅行は初めてでした。印象は、旧正月(春節)が近づいていP1010196_2 ることもあってか、偶像崇拝が日本以上に行われている印象でした。町の多くのお店には、偶像のお飾りを売っており、偶像が祀られており、人々はそれが偶像とは知らずに拝んでおりました。日本と似て、霊的には暗黒でした。しかし、感謝のことは、小さい働きであっても、聖書信仰にたった宣教師(日本人も含む)たちが、懸命に働いておられます。台湾の方々は、非常に親切でした。また、ひかえめでした。町も地下鉄もとても清潔でした。すばらしい思い出の旅となりました。滞在中は、雨の多い時期となり、雨か曇りでしたが、情緒豊かな雰囲気を楽しみました。特に、九份と淡水が印象的でした。


  台湾の今回の印象は、台北市の一番中心の、台北101(台湾一高いビル)付近以外は、昭和の時代がそのまま残っているように思われました。C58_2 (これは、筆者の主観です。)国民性も控えめで素晴らしいと感じました。町の人々はとても親切でした。日本と比べ、台湾のスクーターの多さには驚きました。車とスクーターが渾然となっているという感じで、危険です。車は右側通行です。この旅のために祈ってくださって感謝します。どこの国でも、キリストの福音を伝えるのは、簡単ではありません。最後の最後まで、あきらめることなく、使徒パウロのように、人生のマラソンのように忍耐を持って信仰生活と宣教を続けていきましょう。イエス様だけを信頼し、神様にすべてを委ねていきましょう。   (* ̄ー ̄*)


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(The Beautiful Taiwan)

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