« 2018年11月 | トップページ | 2019年1月 »

2018年12月

2018年12月31日 (月)

Happy New Year 2019

Sunriseaftersummersnowfallgregnyqui

■過越しの祭り「ペサハ」

 
Pesach04





■過越しの祭り「ペサハ」(פָּסַח

 

 ユダヤ教の数ある祭りの中でユダヤ人にもっとも親しみあるものといえば、何といってもそれは「過越し祭(あるいは過越しの祭り)」である。原語では「ペサハ」という。最近の調査では99%のイスラエル人がペサハを守っている。

 ユダヤ人について知りたいと思う人は、まずこの祝日を理解することから始めるのが近道である。ペサハはユダヤ人の歴史に根ざしたもっとも古い伝統を誇る祭りで、旧約聖書によればモーセによるエジプト脱出、いわゆるエクソドスとも呼ばれる出エジプトを記念した行事なのである。つまり、イスラエル民族の贖い(救い)を記憶し神に感謝するためにある祭りである。時期的には春の祭りで、農耕と牧畜に起源をもつ祭りと歴史が一緒になったものである。

 子供たちも一緒に参加する過越し祭を通じて、ユダヤ人は彼らの民族の歴史と信仰を連綿と伝えてきた。そのようにして、ユダヤ人は幼い時から、出エジプトの物語を覚える。そして、先祖を苦難から救った神が自分たちも救ってくれるという信仰が培われてきた。ペサハごとに「すべての代々において、人は自分自身をあたかもエジプトから脱出したかのように見なければならない」(ハガダー)と唱える。

 この頃にイスラエルを旅行する人は、ホテルに泊まっても普通のパンはなく、「種入れぬパン」しか出ないので驚かれるかもしれないが、不便でもペサハの雰囲気を味わうのは得難い機会である。

 過越し祭の特徴は、現代においては家庭で祝われる祭日だという点である。最初の夕べ、家族全員が集い、独特の食事をしながら、決まった式次第にそって祈ったり歌ったりして楽しく過ごす。この日は家族以外の友人や大切なお客さんを招待するのがしきたりである。来賓を迎えるのは家族にとっても喜びである。もしユダヤ人の家庭から過越し祭の夜の招待状を受けたら、それは大変名誉なことだから、参加してペサハを体験することをお勧めする。

 過越し祭(ペサハ)は聖書の中に記された3大祭りの1つである。この3大祭りは、それぞれ季節の変わり目にありる。春を告げるペサハ、夏のシャブオット(七週の祭り)、秋のスコット(仮庵祭)である。

 19世紀の聖書学者の考えによれば、元来、ペサハは別々の2つのお祭りが一緒になったものだといわれている。1つは農業祭で、ハグ・ハマツォットと呼ばれたもの。翻訳すると、「種入れぬパンの祭り」、つまり酵母(イースト)の入っていないパンの意味である。日本語の聖書には「除酵祭」とある。もう1つは、ハグ・ハペサハです。これは牧畜民の祭りで、共に春のニサンの月に祝われていた。

 この2つのうち、ハグ・ハペサハのほうが古く、これはまだユダヤ人が遊牧民だった頃、春の到来と共に家畜を犠牲に捧げて祝ったなごりである。ハグ・ハマツォットは、農夫たちが穀物の収穫の始まりを祝って初穂を捧げた春の祭りであった。

 時が経つうちに、2つの祭りは民族の歴史に起こった出来事、出エジプトと結び付いていったのです。聖書には次のような物語が書かれてある。

 1.神がエジプトに災いを下そうとしたとき、犠牲の子羊の血を入り口の柱に塗った イスラエルの人々の家は、神が「過ぎ越して」いったので救われた(出エジプト記12章)。「ペサハ」の意味は「過ぎ越す」である。ここから「過越しの子羊」を指す言葉にもなった。ハグ・ハペサハ(過越し祭)という言葉は出エジプト記34:25に出てくる。

 2.種入れぬパン(ハマツォット)は、イスラエルの民が急いでエジプトから出て行くときの様子と関連している。「民はまだパン種(イースト)を入れない練り粉」を持って出発したことが書かれている(12:34)。

■ペサハのセデル

 ペサハの最初の夕食はそれぞれ家庭で、伝統的な形式に則って守る。そのために式次第のような本がある。これをハガダーというが、そのテキストに沿って行なわれるこの夕食の儀式は、セデルと呼ばれるようになった。セデルとは、「順序」という意味のヘブライ語です。

 ところで、セデルの中で食事は象徴的な儀式の一部なので、実際に食べるまで長い儀式が続くので空腹を覚える。

 聖書にはセデルという用語はでてきませんが、エジプトでの過越しの夜、イスラエルの民はそれぞれの家で羊を屠って家族で食べました。

 その後、イスラエルでは王国時代、紀元前7世紀のヨシア王まで過越し祭を守っていなかったようである(列王記下23:22)。

 第二神殿時代になって、過越し祭が復活して、出エジプトの意味を伝承していくことが重要な儀式に取り入れられた。過越し祭は神殿を中心に執り行なわれた。この日は全世界から多くのユダヤ人がエルサレムに巡礼し、神殿では子羊が犠牲に捧げられ、その肉はエルサレムに集う人々に分け与えられて、家族で過越しの食事をした。また、もちろんエルサレム以外のユダヤ人の家庭でも過越しの食事が守られ、セデルの原型が出来ていった。

 現代に伝わるようなセデルがいつ定まったかははっきりしないが、一説には、紀元1世紀の終り頃には基本ができあがったとも考えられる。ラバン・ガマリエルの次のような言葉が伝承に残っているからである。

 「ペサハに3つの言葉を発せぬ者は義務を果たしたことにならない、それはペサハ(犠牲の子羊)、マッツァー(種入れぬパン)、マロール(苦菜)である」(ペサヒーム10:5)

 学者はこれを、ユダヤ人はこの3つを食べ、その意味を書いた文書ハガダーを読むことを義務とした、つまりセデルの原型があったと解釈している。

 歴史的には、ローマ人の饗宴(シンポジウム)の習慣をモデルにしたのではないかとの説もある。

 過ぎ越しの祭りのセデルを迎えるとき、テーブルに大きな盆が置かれていて、その上に色々な食品が並べられている。

 これは過越し祭のセデルで用いられる象徴としての食品である。式の中で、ハガダーを読み進むうちに次々登場してきますが、その度に詳しい説明がある。何があるかと言うと、

 1) マロール(苦い菜)

 2) カルパス(野菜)

 3) ハゼレット(もっと苦い菜)

 4) ハロセット(くるみとりんごを交ぜたもの)

 5) ゼロア(子羊の前脚のロースト)

 6) ベイツァ(卵)

 6種類の食品はそれぞれ象徴的な意味がありるで、それを知ると、ユダヤ人の伝統の古さが理解できる。

 まず、苦菜と訳されるマロールというのは、わさびか西洋わさびだが、この苦菜はエジプトでの奴隷の苦難を象徴している。

 カルパス(野菜)はエルサレム神殿の時代にさかのぼる。当時、食事の始まりのオードブルとして、野菜を食べたことに由来する慣習である。キュウリやレタス、ラディシュ、ポテトなど季節野菜が使われる。

 もう1種類の苦い菜があるが、このハゼレット(苦菜)はマロールと同様な意味の象徴を持っている。聖書の「種入れぬパンと苦菜を添えて、それ(過越しの羊)を食べなければならない」(民数記9:11)とある箇所で、この苦菜は複数形で書かれている。それで、ハゼレットがマロールのほかに苦菜の1つに加えられるようになったと言われている。

 りんごやくるみ、シナモンなどをワインでしめらせて混ぜたハロセットは、エジプトで奴隷であったときのレンガ作りの象徴である。時代と所によって、このハロセットは材料や作り方が違っていく。

 子羊の前脚のローストを用いたゼロア(脚の骨)は、神の強い手を象徴する。イスラエルの民は神のみ手によって導かれたのである。また、過越しの羊をも象徴する。子羊の前脚に代わって、鶏やほかの鳥、または牛などの骨肉も使うことがある。

 最後のベイツァは固ゆでの卵である。これは、神殿があった頃の祭にささげられた犠牲の捧げ物の象徴である。別の説では、神殿の喪失を悼むための象徴だとも言われる。

Myrtos

2018年12月29日 (土)

プリムの祭り

 

Purim04

エステル記の巻物

 小さな聖日の1つに、プリムという祭りがある。毎年ユダヤ暦のアダル月の14日に祝われるが、通常2月の終わりから3月にかけてこの日が巡ってくる。

 このプリムもユダヤ人の歴史から生まれた。ユダヤ人は昔からあちらこちらに離散して異国の支配者の元に暮らして来たが、紀元前5世紀、当時の大帝国ペルシアに住むユダヤ人があわや、ホロコーストのように民族絶滅の瀬戸際まで行ったところから救われた、という奇跡的な出来事があった。それを物語るのが旧約聖書のエステル記で、それを記念する祭りがプリムである。

 プリムには皆会堂に集まって、エステル記を読む。簡単にその内容を紹介する。

 時代は、紀元前5世紀、ペルシア帝国の都スサで起きた出来事である。ユダヤ人がバビロンの捕囚からペルシアによって解放されたのだが、当時まだ多くのユダヤ人がその帝国支配下の各地に住んでいた。その頃、アハシュエロス王(またの名をクセルクセスとも呼ばれる)の大臣ハマンがユダヤ人を憎んで、民族絶滅の勅書を王から上手に取って全国に公布した。

1489077734600

ハマンを王に訴えるエステル妃

 ここに2人のユダヤ人が登場する。モルデカイとエステルである。モルデカイは伯父の娘(つまり、従兄弟になる)エステルが両親を亡くした後自分の娘として育て、やがてエステルは王宮に入り、王妃となっていた。この民族存亡の危急の時にエステルは身を捨てて王に直訴し、ハマンの謀略は失敗に終わる。アダルの月13日に、絶滅するはずの運命からユダヤ民族は救われ、逆にハマンは絞首刑に処せられた。

 エステル記に「こういうわけで、地方の町に散在して住む離散のユダヤ人は、アダルの月の14日を祝いの日と定め、宴会を開いてその日を楽しみ、贈り物を交換する」(9:19)とある。

 また、「ユダヤ人が敵をなくして安らぎを得た日として、悩みが喜びに、嘆きが祭りに変わった月として、この月の両日を宴会と祝祭の日として、贈り物を交換し、貧しい人に施しをすることとした」(9:22)とある。

 プリムの日の夜と次の朝、ユダヤ人は皆会堂に集まり、巻物を開けて読む。

 この日は子供たちが一緒に参加する。いろいろな騒音を立てる道具を持ってくる。そして、朗読者がエステル記を読み進むうちに、ハマンの名が出ると、待ち構えていて、例のガラガラを鳴らして、ハマンの名が聞こえないように騒ぎ立てる。これを楽しみに、次にその名が登場するまで静まり、やがて再び大騒ぎをする。ハマンが約60回も出てくる。

 ユダヤ人はどちらかというと、コーシェル(食事規定)はとても厳しい。

それだけ、民族の危機を何度もくぐった体験から、エステル記の救いは民族の心の底からの願望である。プリムの祝いは解放と救いの象徴である。

 プリムの夕べ、前日の断食から解放されて会堂に行き、エステル記を読み、家庭に帰ると、お祝いである。この日にユダヤ人の家庭を訪ねると、3角形のクッキーが出る。ハマンタッシェンという名がついている。ドイツ語で「ハマンのポケット」という意味である。ヘブライ語では「オズネイ・ハマン」(ハマンの耳)と呼んでいる。これは近代になってからの伝統のようである。

Myrtos

2018年12月27日 (木)

シムハット・トーラー、ハヌカ

Ap_051225016801024x7531024x753 ハヌカ





■シムハット・トーラー(律法の祝典)

 

 ユダヤ教では、トーラー(モーセ五書)を毎週少しずつ読んでいき、1年かけて読み終える。毎週どの箇所を読むかは、全世界のユダヤ人に共通して定められているので、お祭りも日も共通である。


 さて、このトーラーを読み終えた喜びと感謝を表すのが、シムハット・トーラーの意味である。この日は、申命記の最後の部分と創世記の最初の部分を同時に読む。


 シナゴーグ、特にハシディズム派の会堂に行くと、大勢の人が歓喜に酔うようにしてトーラーを中心に踊りまくる光景が見られる。


 このお祭りは、タルムードにはまだその名で載っていなかったが、「シェミニ・アツェレットの2日目」と呼んでいる。このお祝いはイスラエルでは、仮庵の祭りから8日目のシェミニ・アツェレットに守られるが、聖地以外では9日目に守られる。


 シムハット・トーラーが終わると、お祭りのシーズンも去って、イスラエルに冬の季節がやって来くる。そして、12月のハヌカの祭りが待ち遠しくなる。

■ハヌカ(光の祭)


 

 12月のクリスマスを迎える頃になると、ユダヤ教ではハヌカの祭りを祝う。これは旧約聖書に記されたお祭りではない。ハヌカの祭りは歴史上の出来事に由来している。


 紀元前2世紀、イスラエルの地(パレスチナ)はシリアのギリシア人の支配下にあった。異教徒のギリシア人は、彼らの文明、いわゆるヘレニズム文明を広めるのをその占領政策としていて、ユダヤ教の聖所であるエルサレム神殿をけがし、人々に異教の慣習を押し付けたり、ユダヤ教のおきてを禁じたりした。それで、ギリシア人の圧制に反乱を起こして、ついに独立にまで導いたのが、モディイン村の祭司マタテヤとその息子たちであった。ハスモン家といわれる人々である。


 反乱の直接の原因になったのは、アンティオコス4世という王の、ユダヤ教弾圧であった。割礼や安息日を守ることやトーラーの勉強を禁じたり、神殿に偶像を入れようとしたから、ユダヤ人なら黙っていなかった。


 反乱は強力なギリシア軍に勝利し、紀元前165年、エルサレム神殿を解放した。ハヌカというのは、ヘブライ語で「奉納」とか「献堂」という意味である。祭りはユダヤ暦キスレブ月の25日から8日間祝われる。


 タルムードの中にハヌカに関するこんな記事がある。神殿を占拠したギリシア軍は、神殿の燭台(メノラー)を点す油の壷をみな汚した。しかし神殿解放の日、やっと1つの油壼が大祭司の封印のまま見つかった。油はわずか1日分にも満たなかったが、点してみると何と8日間も燃え続けた。この奇跡を記念して祭日とされた。


 だから、ハヌカは別名、「光の祭り」とも呼ばれる。


 ハヌカには特別な燭台を用いる。神殿にあった7枝のメノラーではなく、8枝(台)ともう1つのろうそくをつける台がついていて、9本の台がある燭台である。これはハヌキヤと呼ばれる。


 ろうそくの火のつけ方ですが、1日ごとに1本ずつふやして点火していき、8日目に全部が点るようにする。点火用のろうそくは、「シャマシュ」という呼び名がついている。


 ハヌカとクリスマスは同じ季節にあるが、特に関連があるわけではない。ただし、ハヌカの祝われ方の歴史をみると、昔はハヌカがそれほどユダヤ教では関心を呼んでいなかったのは事実である。年中行事として近年盛んになったのは、キリスト教の影響なしとは言えない。


 子供たちは、親からお小遣い(ハヌカ・ゲルトという)をもらい、ハヌカのろうそくを点すのを手伝い、一緒に祝祷の歌を歌う。「ラトケス」という油で揚げたポテトのパンケーキをごちそうになり、こま(ドライデル、ヘブライ語でスビボンという)を回すゲームを楽しんだりする。だから、冬の寒い季節も家庭の中は温かなぬくもりを保っている、いかにもユダヤ人らしい祭りがハヌカである。

Myrtos

贖罪日、仮庵の祭り

Thedayofatonement





■贖罪日「ヨム・キプール」

 

 ユダヤ新年の後、10日目に来る贖罪日(ヨム・キプール)は、10日間の悔い改めの期間の最後を締めくくる、ユダヤ人にとってもっとも聖なる日ある。常日頃はシナゴーグに行ったこともない人も、仕事を休み、シナゴーグに祈りに行ったり、家で静かに過ごす。イスラエルでは日本の元旦以上にあらゆる公の活動は停止しする。バスも空港も休日である。旅行者はご注意のほどを。

 この祭日は、旧約聖書に由来するが、民数記29:7に「その7月の10日に聖会を開き、かつあなたがたの身を悩まさなければならない」とある箇所の「身を悩ます」は断食を意味すると、ユダヤ教の伝承は解釈している。

 そのほかに、「身を悩ます」はレビ記の16:29、23:27にも出てくる。この日には、24時間飲食を断つほか、夫婦の交わり、体を洗ったり、油を塗ったり、革靴を履いたりすることも控える。

■仮庵の祭り「スコット」

 

 ヨム・キプールに続いて、その5日後、仮庵の祭りがやって来る。ちょうど秋の収穫の季節にあたるから、春の過越し祭(ペサハ)、七週の祭り(シャブオット)と並んで、農業祭の一面がある。イスラエルの民が農耕民となって、神の恵みを感謝したことに由来したのかもしれない。と同時に、ユダヤ人の祭りは必ず民族の歴史と結び付けられて祝われる。

 仮庵の祭りは、ヘブライ語で「スコット」と言うが、1週間続き、シェミニ・アツェレット、シムハット・トーラーなどの歓喜と愉悦に満ちたお祭りがやって来る。

 この祭りは農業祭が起源だが、旧約聖書は次のように述べている。

 「あなたがたは7日の間、仮庵に住まなければならない……これはわたしがイスラエルでの人々をエジプトの国から導き出したとき、かれらを仮庵に住まわせたことを、あなたがたの子孫に知らせるためである。私はあなたがたの神、主である」(レビ記23:42-43)

 仮庵のことをヘブライ語でスカー(その複数形がスコット)と言うが、仮庵を建てるのは、約束の地に行く途中で荒野に40年間流浪したことを記憶するためである。

 仮庵の祭りの名称については、出エジプト記の23:16では、「取り入れの祭り(ハグ・ハアシーフ)」と呼んでいる。

 また、タルムードでは単に「祭り(ハグ)」と言えば、このスコットを指す。こんな使い方が生まれたのは、スコットがもっとも楽しく、華やかに祝われたからなのかもしれない。

 ミシュナーに次のような格言が載っている。「ベート・ハショエヴァの儀式を見たことのない者は、本当の歓喜というものを知らない」(スカー5:1)。このベート・ハショエヴァとは、スコットの2日目の夕べ、シロアムの池から汲んだ水をエルサレム神殿に運び、それを祭壇に注ぐ儀式のことである。スコットは乾季の終わる時期にあたるので、雨乞いの象徴だろう。歌い、踊り、手に手にたいまつを持って進む行列は、さぞ見事なものだったと想像される。

 スコットは、「巡礼の祭り」とも言われる。ペサハやシャブオットも同様である。

Myrtos

2018年12月26日 (水)

ユダヤの新年

Roshandshabatkaze1




 新年のことを、ヘブライ語で「ローシュ・ハシャナ」(年の頭の意)という。以下ではローシュ・ハシャナと呼ぶ。

 旧約聖書のレビ記23章には、神からモーセが命じられた祝祭日の一覧が載っている。というと、「23:24「イスラエル人に告げて言え。第七月の第一日は、あなたがたの全き休みの日、ラッパ(ショファール)を吹き鳴らして記念する聖なる会合である。」とある。この第7の月1日がいま、ローシュ・ハシャナとして祝われる日である。

 週の7日目が安息日で聖なる日であるように、月の第7番目は1年のうちで聖なる月だとされるわけである。同様に、年についても7年目は安息年であり聖なる年と見なされる。

 ここで、聖書に言う第1の月は過越し祭のあるニサンの月で、4月頃に当たる。第7の月は、ティシュレーという。レビ記23章には、「第7の月の10日は贖罪日である」とある。ローシュ・ハシャナから10日目に贖罪日(ヨム・キプール)が来る。聖書には、1日と10日を特に結び付けていないが、ユダヤ教では暦のうえで、この10日間を特別な日々と見なしてこの期間を一体に考えている。そして「畏れの日々(ヤミーム・ノライーム)」とか「裁きの日」とか言われる。

 この祝祭日は、他の祭日と違って、歴史の出来事や農業の祭日とは関係のないのが特徴である。例えば、過越し祭(ぺサハ)は、出エジプトの出来事を記念しているし、また春の祭りとして大麦の収穫を祝う。秋の仮庵の祭り(スコット)は、出エジプトの荒野の天幕生活をしのび、また収穫感謝の歓喜の祭りでもある。ところが、新年から始まる10日間は、自己を点検して内省し、神の前に悔い改めの時を過ごすという、純粋に宗教的な祝祭日である。

Myrtos

ユダヤの祝祭日

Menorah_trans_nvbqzqnjv4bqvv1k52d99

 

 ユダヤ人が今も歴史と伝統を大事に守っているのが、1年間の祝祭日の行事からもうかがえる。行事が多様だが、まずざっと総括的にお話しして、次にそれぞれを各章に分けて説明する。


 大きくは3つに分類される。第1のグループは、旧約聖書に守るべく規定されているもの。第2のグループは、旧約聖書に記された出来事、または古代の民族史に由来するもの。第3のグループは、近代の歴史の出来事に由来する記念日。


 第1グループには、聖書に3大祭りとして記されているお祭りがある。もともと遊牧民だったユダヤ民族だが、カナンの地といわれたパレスチナに定住して農業を生活の糧にした時代が長く続いた。農業や自然と関連して生まれた祭りで、季節の節目に祝われたものである。


 春の過越し祭(ペサハ)、夏の七週の祭り(シャブオット)、秋の仮庵の祭り(スコット)がそれである。これらの祭りの日には、「年に3度、男子はすべて、主なる神の御前に出ねばならない」(出エジプト記23:17)と定められているので、3大巡礼祭とも呼ばれている。これは、エルサレム神殿への巡礼のおきてになるが、実際にすべての人が実行したわけではない。


 その他、新年と贖罪日(ヨム・キプール)が第1グループにあたりる。もっとも厳粛な、宗教的な祝祭日である。このグループは、安息日と同様に労働を禁じられた日で、「聖日」として扱われる。


 第2グループは聖書に祭りとして守るように規定されていないが、長い年月を経てユダヤ民族の伝統の中に生きているものある。モーセの律法とは関係はないが、会社や銀行、官庁が休みにもならない。いわば、半分聖なる日である。そのような祝日を「小さな祝祭日」と呼んだりする。


 小さな祝祭日というとき、通常、ハヌカ、プリム、ティシャ・ベアヴ(神殿崩壊日)という祭日あるいは記念日のことを指す。さらに、ローシュ・ホデシュ(毎月の1日、ユダヤ暦で新月の日に当たる)、ラグ・バオメル(オメルの33日)、トゥ・ビ・シュバット(樹木の新年)などを含めることもある。


 第3グループには、ホロコースト記念日、イスラエル独立記念日、戦没者追悼日、エルサレムの日などがある。ユダヤ人全体の記念日というより、イスラエル国内の行事である。しかし、世界各地のユダヤ人が全く無関心というわけでもない。

Myrtos

ユダヤの暦(カレンダー)

Jewishcalendarplate





 世界で共通に使われている年号は、西暦である。実はこれはキリスト教徒のものである。西暦を略してAD××年などというが、Anno Domini(「アノ・ドミニ」主の年に)の略号だから、明らかにキリストの生誕日からの計算の意味である。ユダヤ教徒は使わない。使わざるを得ない場合も、CE(Common Era「コモン・イアラ」共通暦)の何年という言い方をする。紀元前も西暦では、BC(Before Christ)だが、ユダヤ人はBCE(Before Common Era)といった略号を使う。

 ユダヤ暦の年は、西暦に3760年を足した年数に等しいが、これはラビたちが聖書に基づいて天地創造から計算したという年数を採用したものである。日本人は、戦前には神武紀元(皇紀)を用いていたが、神話に基づいていて、科学的でないという非難があった。ユダヤ人の場合、天地創造、あるいはアダムの時代からの年号を、民族として、またイスラエル国家として採用しているのは、興味深い。

 ユダヤ暦の新年は、西暦では9月から始まる。暦の単位である「月」は、聖書では、新月から次の新月までの29日か30日の時間を1カ月とする太陰暦である。

 地球が太陽を1周する時間を1年とするのが太陽暦だが、太陰暦12カ月は、太陽暦との間に約11日間の誤差が出てくる。春の月がいつの間にか季節を外れてしまい、大変不都合をきたする。それで、それをうまく調節する工夫が考案されて、ユダヤ暦が出来上がった。タルムード時代に作られたものが基本的に現在でもユダヤ教で用いられ、イスラエル国も公式にはこの暦で行事が執り行なわれている。

 具体的には、太陽暦とのバランスは、19年に7回閏年を設けて、閏年は1年13カ月として調節される。つまり、閏月を加えるわけである。それで、大体春の祭り、過越しの祭り(ペサハ)は西暦の3月か4月に来ることになる。

 それでは、イスラエルでは西暦は通用しないのかと言うと、もちろん、そんなことはない。国際時代だから、2008年セプテンバー(9月)何日と言いう。と同時に、イスラエルの英字新聞でも日付が5769年エルール月の何日と併記されている。しかも、イスラム暦の日付も載っているのも面白い。

 ただし、国の公式行事はユダヤ暦でする。1948年5月14日にイスラエルは独立したが、その日はユダヤ暦でイヤールの月5日であった。このように独立記念日などは毎年、西暦によれば異なった日付になる。

 日常生活では通常西暦で通している。現代ヘブライ語の月の名前は、英語の月名の翻訳に近い。一般市民の間では「今日はアヴの15日である」という言い方はしない。ヤヌアル(1月)、フェブルアル(2月)などと呼んでいる。

Myrtos

2018年12月17日 (月)

キリスト者として忠実に生きよう

Viemagazineherocorrietenboom2009


ホロコースト生存者 コーリーテンブーン(一番左)

「世の中に目を向ければ、悩みが増すだけだ。自分の内側をのぞいてみても、落ち込むだけだ。しかし、あなたがキリストを見上げる時、いつも心に安らぎが与えられる。」

「赦しは、怒りの扉を開き、憎しみの手錠を外す鍵である。それは悲痛の鎖を断ち、利己心という足かせを断つものである。イエスの赦しは、わたしたちの罪を取り除くばかりでなく、あたかも罪などなかったかのようにしてくださるのである。」

「幸福というものは環境によって左右されるのではなく、その中における人間相互の関係によって決まる。」

「信仰とは霧の中を透視するレーダーのようなものである。それは人間の目が見ることのできない遠くの実在を見るのである。」

「我々がどんな暗闇にいようとも、イエスはさらに深い暗闇の中にいる。」

「この世のものは、しっかり握らずにおきけ。」

「私たちの罪をキリストの下に携える時、主はそれをゆるされるだけでなく、そんなものはちっともなかったかのようにしてくださる。」

「他人を赦すことができない者は、自分が渡らなければならない橋を壊すことになる。」

「あなたは、もう福音を聞いたか。それは、人類史上でもっとも偉大なお方(キリスト)によって提供された、最も素晴らしいプレゼントについての、最も素晴らしいニュースである。永遠のいのち―このためにイエス・キリストは天から降り、十字架上で死なれた。あなたも、この最高のプレゼントを受けよ。」

「心配は、明日の悲しみをなくさない。ただ今日の勇気をなくすだけだ。」

「赦しは意志に基づくものであり,その意志は心の温度に関係なく働かせることができる。」

「赦しを行えるのは強い者だけだ。」

「信仰は目に見えないものを見、信じがたいことを信じ、不可能なことを受け取ることである。」

「謙遜ほど、人を悪魔の手から遠く離すものはない。」

「私たちはみな天国に行ける。健康がなくても、財産がなくても、名声がなくても、学問がなくても、教養がなくても、美しさがなくても、友人がなくても、他の何がなくても。けれど、イエス様なしには天国に行くことはできない。」

「列車がトンネルに入り、暗くなっても、あなたは切符を投げ捨てて、列車から飛び降りたりはしない。ただ静かに座って、運転手を信頼していれば良い。 」

「私は多くのものを手の中に握っていた。そしてそれらすべてを失った。しかし、神の御手に委ねたものは、すべて、今でも私のところにある。」

「憎しみは、憎む相手以上に憎んでいる本人を傷つける。その件に関し、憎むことがどれほど当然であったとしても。」

「自分を救ってくださった主への感謝を表す正しい応答は、全世界に福音を広めることである。

「錨の値打ちを認識するためには、私たちは嵐の圧力を感じる必要がある。」

「祈りのないことは罪です。」

「神が私たちに与えるあらゆる機会、神が私たちの人生に置くあらゆる人々は、神だけが見ることのできる未来のための完全な備えである。」

「敵をゆるし、愛するときほど、神の愛の海原に触れることはない。」

「気分が向いた時にだけ祈るのはよくない。主と約束を取って、それを守れ。人はひざまずいて祈る時、強くなる。」

「ユダヤ人を愛することなしに神を愛することはできない。」

「神が私たちに与えるあらゆる経験、神が私たちの人生に置くあらゆる人々は、神だけが見ることのできる未来のための完全な備えである。」

Corrie Ten Boon (1892-1983) Holocaust Survivor








54aa1ff0be36524e4c2fc81a6db340d2

2018年12月 9日 (日)

私とクリスマス

Img_0453

(写真と記事は無関係)

 今年もクリスマス・シーズンを迎えた。諸教会では、クリスマスの伝道の準備で大忙しである。当神学校のある教会でも、リース作り、バイブル・タイム、キャロリング、祝会、イブ・コンサートなどが予定されている。日本においては、クリスマスは一般の人々を教会に誘うのには最高の機会である。忙しさに追われてただイベントとしてこなしがちであるが、まずは、奉仕者全員が、自分たちにとってクリスマスが何かを静まって黙想することが重要である。

  私は、小学生の頃、村の子供会の会長をしていて、クリスマスの日には、部落のお寺の偶像の前でクリスマス・キャロルを歌った記憶がある。仏壇の前には多くのクリスマス・プレゼントが置いてあった。その頃は、クリスマスの意味も、聖書、キリストの救いも全く知らなかった。ただ楽しい時を過ごし、ケーキを食べた。家族七人で、日本の宗教には非常に熱心であったが、家庭に愛も平和もなかった。姉の不慮の死を十五才の時に経験して今まで拝んできた神々が本当ではないことが分かった。 二十一才になった時、アメリカから来た宣教師から、はじめて、キリストの福音を明確に聞いた。その時、はじめて私にとってクリスマスが何であるかを知った。クリスマスは、神の一人子が、この地球に来て、人となられたという歴史的な事実である。

  この宣教師は、キリストがこの地球に、誰のために、何のために来られたかを詳しく説明して下さった。彼は、個人伝道に非常に熱心であった。その時、私は素直に信じなかったが、一週間ずっと聖霊なる神が、私の罪深さを示し、罪の刑罰もみ言葉から教えた。私は、自分は生まれながら罪人であることがはっきりと分かり、死後には地獄に行くことが明確に示され、非常に恐れた。彼は、ヨハネの福音書三章十六節を私に読ませて説明してくださった。そして、「」と入れなさいと勧めた。「神は実にそのひとり子をお与えになったほどにを愛された。それは御子を信じるが滅びることなく永遠のいのちを持つためである。」その宣教師は、もし、キリストを信じなければ、永遠に滅びることを強調して、私は、滅びを非常に恐れて夜、なかなか眠りにつけなかった。その日から一週間たって、私は、自分の今まで犯してきた罪を告白し、悔い改めて、イエス・キリストを自分の罪からの救い主として信じ受け入れて救われた。それまでは、自分の人生に目的はなく、ただ惰性で生きていた。生きている意味が全く分からなかったが、信じてからは、キリストのためだけに生きることを決意し、フルタイムの献身をした。あれから約半世紀がたつが、その日のことは今も忘れない。この救いの素晴らしい経験と救い主の福音を、この時期にひとりでもおおくの人に宣べ伝えたい。

聖書が教えるクリスマスの本当の意味

Yjimage






 クリスマスとは、今から約2000年前、ユダヤのベツレヘムという小さな町でお生まれになったイエス・キリストのご降誕を祝い、礼拝することである。このことは、ご降誕のずっと以前から、旧約聖書の中に預言されていた。それは、キリストがお生まれになる場所、家系、年代、生活や最期の死に方などにいたる約350以上で、とても詳しく旧約聖書に書かれていた。驚くべきことは、それらの預言のすべてが文字通りに実現したということである。イエス・キリストとは一体どのようなお方であであろうか。

 このお方は、人となられた神のひとり子である。聖書は次のように教えている。「初めに、ことば(キリスト)があった。……ことばは 神であった。……すべてのものは、この方(キリスト) によって造られた。造られたもので、この方によらずに できたものは一つもない。……ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。」

 では、なぜ神の御子がこの地上に来られたのだろうか。その前に、私たちは、救いを必要としている罪人であり、滅びの道を歩んでいる者であることを知らなければならない。私たちの人生には、暗いこと、悲しいこと、悩みなどが多くある。また、世界には戦争があり、貧困があり、餓死する人があり、暴力や差別など、尽きることがない。しかし、それらの悲劇はみな、人間が神様にそむいて罪を犯し、万物の造り主である神様を畏れ敬おうとしないところから起こってきた。聖書には、「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず…」「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」と、罪人に対する神様の怒りが示されている。私たちは犯し続けてきた罪のゆえに、死後、燃える火の池の中で永遠にさばきを受け続ける。

 しかし、父なる神は、私たち人間を心から愛しておられるお方である。そこで、そのさばきから私たちを救うために、イエス・キリストをこの世に送られた。キリストは罪のないお方であられるのに、私たちの罪のために十字架にかかってくださり、私たちの罪を清算してくださった。聖書は次のように書いてある。「神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の 愛が私たちに示されたのです。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。」

 キリストが十字架につけられた、その理由を知らない周りの者たちは、キリストをあざけり、つばをかけ、ひどい悪口を言った。それでも、キリストは彼らと私たちのため、その痛みに耐えてくださった。それは私たちを滅びの道から救い、虚しい人生を希望に満ちあふれたものとするためであった。そして、その保証として、死後、三日目の朝に死の力を打ち破ってよみがえられた。その出来事は聖書の預言通り、しかもご自身が語られていた通りであった。聖書には、次のように書いてある。「今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。」そのことによって、ご自身こそが真の神の御子であることと、私たちの救い主であることを確証なさった。

 人間はどうしたら罪の刑罰から救われるのか。ただ、イエス・キリストを信じることである(信仰)。そうすれば、このお方が私たちの罪を赦してくださり、地獄から救ってくださる。そして天国へと導いてくださる。なぜなら、このお方こそ、罪を赦す権威があるからである。聖書には次のように書いてある。「もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で 神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。」

 神様は、決して私たちに正しい行いを要求しておられるのではない。なぜなら、私たちには自分の力で罪を償うことができないことをよく知っておられるからである。神様が私たちに求めておられることは、ただイエス・キリストへの信仰のみである。だからこそ、メリークリスマス!と、世界中でイエス・キリストのご降誕をお祝いするのである。あなたも、イエス・キリストを信じて、心からクリスマスを祝い、天国への道を歩む者となってほしい。よみがえられたキリストは、天国へ戻られて、今もあなたを救いに招いておられる。聖書に預言されているように、神のみ心の時に、信じる者たちを迎えに来られる。神の一人子の誕生を心から褒め称え、賛美しよう。ハレルーヤ!Hallelujah!

(K.T)




Maxresdefault

« 2018年11月 | トップページ | 2019年1月 »